【初心者向け】バレンシアガとは?なぜ人気なのか徹底解説+愛用芸能人

最近街を歩けばよく見る『BALENCIAGA』のロゴマーク。
数年前までは見かけることは少ないブランドでしたが、最近かなり増えたと思いませんか?
また、昔からバレンシアガを知っている人はロゴマークを見たら違和感を感じている人も多くいらっしゃるかと思います。

最近のバレンシアガはロゴマークが変わり、アパレルもストリートファッションに近いものを取り扱いしており、ストリートファッション好きはもちろんブランド好きの人も愛用しており、人気が高まっているため街で着用している人も増えてきているのです。
今回はそんなバレンシアガの『そもそもどんなブランドなのか』を掘り下げて、歴史や人気についてお話させていただきます。

1 知ってた?バレンシアガは元々高級オーダー服専門店だった

高級ブランドとして名前が売れているバレンシアガですが、元々は高級オーダー服(オークチュール)店でオーダーがあった洋服を販売している店舗でした。
現在では
ラグジュアリーストーリーブランドに位置しているバレンシアガですが、元々は高級オーダー服店だったことは意外ですよね。
その後倒産の危機もアリながらグッチグループ(現ケリング)の傘下となり、ハイブランドとして定着、現在の立ち位置に至るブランドに成長しました。

ざっくりと『バレンシアガって何なの?』という疑問にお答えするとこのような回答となりました。
次章から歴史や人気について掘り下げてお話していきましょう。

2 モード界の革命を起こし続けたバレンシアガの歴史

バレンシアガの歴史を読み解くことでバレンシアガについて詳しく知ることができます。
この章では創設期~現在に至るまで分かりやすくご紹介させていただきます。
それでは先ずは創設期から見ていきましょう。

2-1 創業者バレンシアガがスペインにオートクチュール店をオープン

出典:shanmichael

1914 創設者クリストバル・バレンシアガによりスペインでオートクチュール店をオープンします。
オートクチュールとしてスペイン王侯貴族ご用達ブランドとして名前が有名になり、当時のセレブに人気なブランドとなりました。
1936年に起こるスペインでの内戦を機に、翌年の1937年にスペインからフランスのパリに移転させます。
この時期から本拠地をフランスとし、現在の
フランスのブランドと言うイメージを定着させました。

フランスでもオートクチュールの腕前からクチュール界の建築家と称され、1950年~60年代には当時人気絶頂中のクリスチャン・ディオール(現DIOR)と唯一張り合うことの出来るブランドとして、バレンシアガは超人気が高いブランドでした。
当時は高級既製服のDIOR、高級仕立服のバレンシアガと比べられることも多かったのです。
バレンシアガの服は機械を使った既製服では作れないパターンということで、当時は一切機械での量産は一切することなく、
DIORとの差別化をすることで人気を保つことができました。

また、当時はクリスチャン・ディオールの『ニュールック』という、コルセットで腰回りをガチガチにしていたアイテムが人気でしたが、バレンシアガは当時の流行から外れたゆったりとしたスタイルのアイテムを出して『コルセットからの女性の解放』とかなり話題となりました。

クリスチャンディオール:ニュールック

出典:fashion press

左:バルーンジャケット/右:コクーンコート

出典:shanmichael

画像を見比べてみるととても対照的なブランドだったということが分かりますね。
クリスチャン・ディオールの写真は良くも悪くも昔のデザインとような感じで、バレンシアガは現代でも使えそうな ゆったり としたデザインが特徴的です。
このゆったりとしたデザインはコルセットという女性ファッションのハードルを大きく下げ、誰にでも似合う服を考案しました。
これにより痩せた方でも太っている方でも体系を気にせず服を着ることができたので、モード界に革命が起こりました。

ちなみに、服飾の世界ではこのような革命を行ったのはバレンシアガ一人だけで、本物の芸術家と言われております。

そして当時の高級服と言うとクリスチャン・ディオールかバレンシアガの二択と言われるぐらい超人気があったバレンシアガですが、1972年に創設者クリストバル・バレンシアガの死去により不遇の時代に突入します。
死後『クチュール界の建築家』とも呼ばれていたこともあり、バレンシアガにとって最も重要な人物が亡くなってしまい企業としても大問題となりました。。。

創設者クリストバル・バレンシアガが死去したのち、甥が事業を引き継ぐのですが、新作を出すわけではなく、ブランドのライセンスを保持しているだけの状態が続き、ブランドを継続するために香水ブランドとして立ち上がります。
その後1987年にプレタポルテ(洋服)をスタートし、1992年にジョセフュス・メルキオール・ティミスター(Josephus Melchior Thimister)がデザイナーに就任するのですが、失敗し世界2大ブランドと言われていたバレンシアガが完全に落ちてしまいます。

・・・まさか世界2大ブランドと言われていたバレンシアガが地の底まで落ちてしまうなんて予想もできないですよね。
今ブランドとして存在しているということは復活しているということを意味しているのですが、どのようなことを行ったのでしょうか?次項で見ていきましょう。

2-2 倒産の危機から復活!グッチグループの傘下に入る

その後、二コラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)という後任のデザイナーが就任し大活躍を遂げます。
今までのコレクションとは全く違う新しいバレンシアガを演出し、
200010月にVHI・ヴォーグファッション・アワードでアバンギャルド・デザイナーオブザイヤーを、2001年にCFDA (Council of Fashion Designers of America=アメリカファッション協議会)インター・ナショナル・デザイン・アワードウーマンズ・ウェア・オブ・ザ・イヤーを受賞し、大成功を収めブランドとして復活をしました。
弱冠
26歳という若さでありながらバレンシアガのデザイナーの総指揮をはじめ、着々と業績を伸ばしていくのです。

バレンシアガにはThe Cityというバッグがあり、当時の女性からかなり人気があったアイテムなのですが、The Cityを発表したのもこの時期となります。

そしてこの時の二コラ・ジェスキエールの才能に目を付けたグッチグループ(現ケリング)が2001年にバレンシアガを買収し、グッチの中の独立ブランドとして再スタートを切ります。
グッチグループの傘下に入ることにより資金面で余裕ができたことで、バレンシアガを世界に展開するよう事業拡大を行います。
パリを中心に営業をしていたバレンシアガですが、世界各国の首都に店舗を構えるようになります。

ちなみに日本で正式に店舗展開を始めたのは2006年からで、当時バレンシアガの輸入販売を行っていたリスアテグループとグッチグループの共同出資により日本法人が設立されます。
日本での売り上げ目標は全体売り上げの25%となっており、2007年からは西部渋谷、新宿高島屋、名古屋三越、阪急梅田などの大型デパートに続々と店舗を出店します。
二コラ・ジェスキエールのデザインで人気があったバレンシアガはあっという間に広がり、日本でも人気ブランドとしての肩書きを得ることができたのでした。

その5年後の2012年に二コラ・ジェスキエールが15年務めたバレンシアガのデザイナーを退任します。
この退任時にグッチグループ(現ケリング)のことを
中傷しないと契約した上で退職をするのですが、ニコラ・ジェスキエールはイギリスのロンドンを中心に活動しているファッション史の『System』でのインタビューで以下のようなバレンシアガを中傷したことにより、バレンシアガと法定で争うことになります。

以下Systemより引用

本文

Google翻訳

質問:At what point into the job at Balenciaga did you realise you needed to wise up to the business side of the brand?

二コラ:Straight away. It’s part of being a creative because the vision you have ends up in the stores. It actually makes me smile today when I think about it because it was me who had to invent the concept of being commercial at Balenciaga. Right from the start I wanted it to be commercial, but the first group who owned the house didn’t have the first notion of commerce; there was no production team. There was nothing.

質問:バレンシアガでの仕事のどの時点で、ブランドのビジネス面にまで賢くする必要があると気づきましたか?

二コラ:すぐに。あなたが持っているビジョンが店で終わるので、それは創造的であることの一部です。バレンシアガでコマーシャルであるというコンセプトを考案しなければならなかったのは私だったからです。最初から商業的なものにしたかったのですが、この家を所有した最初のグループには最初の商業という概念がありませんでした。制作チームはありませんでした。何もなかった。

質問:What was your vision for the brand?

二コラ:For me, Balenciaga has a history that is just as important as that of Chanel, even if it’s a lesser-known name. It had the modernity, it was contemporary, and I’ve always positioned it as a little Chanel or Prada.

質問:ブランドに対するあなたのビジョンは何でしたか?

二コラ:私にとって、バレンシアガには、あまり知られていない名前であっても、シャネルと同じくらい重要な歴史があります。それは現代性があり、現代的であり、私は常に小さなシャネルまたはプラダとしてそれを位置づけてきました。

質問:But what makes Chanel and Prada bigger structures?

二コラ:The people that surround the designers. Miuccia Prada has an extraordinary partner, whereas I was doing everything by myself.

質問:しかし、シャネルとプラダをより大きな構造にするのは何ですか?

二コラ:デザイナーを取り巻く人々。ミウッチャプラダには素晴らしいパートナーがいますが、私はすべて自分でやっていました。

質問:So without the right people, building something as big as a Chanel or Prada is unimaginable?

二コラ:I don’t know if it’s impossible, maybe the system will change, but what’s clear is that those brands have family and partners surrounding them, and they have creative carte blanche. Prada, for example, has made this model where you can be a business and an opinion leader at the same time, which is totally admirable. It’s the same thing at Chanel. Sadly, I never had that. I never had a partner, and I ended up feeling too alone. I had a marvellous studio and design team who were close to me, but it started becoming a bureaucracy and gradually became more corporate, until it was no longer even linked to fashion. In the end, it felt as though they just wanted to be like any other house.

質問:それで、適切な人がいなければ、シャネルやプラダのような大きなものを作ることは想像を絶するでしょうか?

二コラ:それが不可能かどうかはわかりませんが、システムが変わるかもしれませんが、これらのブランドには家族やパートナーがいて、クリエイティブなカルテブランチがあるのは明らかです。たとえば、プラダはこのモデルを作成しました。このモデルは、ビジネスとオピニオンリーダーを同時に務めることができます。シャネルでも同じです。悲しいことに、私はそれを持っていませんでした。私にはパートナーがいなかったので、結局一人でいるように感じました。私の近くには素晴らしいスタジオとデザインチームがありましたが、それは官僚主義になり始め、ファッションとさえ結びつかなくなるまで徐々に企業になりました。結局、まるで他の家のようになりたいだけのように感じました。

質問:You’re saying this spanned from a lack of dialogue?

二コラ:From the fact that there was no one helping me on the business side, for example.

質問:これは対話の欠如にまたがっていますか?

二コラ:例えばビジネス面で助けてくれる人がいないから。

質問:Can you be more specific?

二コラ:They wanted to open up a load of stores but in really mediocre spaces, where people weren’t aware of the brand. It was a strategy that I just couldn’t relate to. I found this garage space on Faubourg-Saint-Honoré; I got in contact with the real estate guy who’s a friend of a friend, and we started talking… And when I went back to Balenciaga, the reaction was, ‘Oh no, no, no, not Faubourg-Saint-Honoré, you can’t be serious?’ And I said yes really, the architecture is amazing, it’s not a classic shop. Oh really, really… then six months went by, six long months of negotiations… it was just so frustrating. Everything was like that.

質問:より具体的にできますか?

二コラ:彼らはたくさんの店を開こうとしたが、人々がブランドに気付かなかった本当に平凡なスペースにいた。それは私が関係することができなかった戦略でした。フォーブル・サントノレにこのガレージスペースを見つけました。友人の友人である不動産関係者に連絡を取り、話し始めましたそして私がバレンシアガに戻ったとき、反応は次のとおりでした。 「本気じゃない?」そして、私は本当にそう言いました、建築は素晴らしいです、それは古典的な店ではありません。ああ、本当に、本当に半年が経ち、長い半年の交渉とてもイライラしました。すべてがそのようでした。

質問:And the conversations, like that one about the store, who would you have them with?

二コラ:I’d rather not say. There wasn’t really any direction. I think with Karl and Miuccia, you can feel that it’s the creative people who have the power. It was around that time that I heard people saying, ‘Your style is so Balenciaga now, it’s no longer Nicolas Ghesquière, it’s Balenciaga’s style.’ It all became so dehumanised. Everything became an asset for the brand, trying to make it ever more corporate – it was all about branding. I don’t have anything against that; actually, the thing that I’m most proud of is that Balenciaga has become a big financial entity and will continue to exist. But I began to feel as though I was being sucked dry, like they wanted to steal my identity while trying to homogenise things. It just wasn’t fulfilling anymore.

質問:そして、お店に関する会話と同じように、誰と一緒に会話しますか?

二コラ:言いたくない。本当に方向性はありませんでした。カールとミウッチャと一緒に、力を持っているのはクリエイティブな人々だと感じられると思います。その頃、「あなたのスタイルはバレンシアガのようになりました。もはやニコラジェスキエールではなく、バレンシアガのスタイルです」と人々が言っ​​たのを聞いたときです。それはすべて非人間化した。すべてがブランドの資産になり、それをこれまで以上に企業にしようと試みましたそれはすべてブランディングに関するものでした。それに対して私は何も持っていません。実際、私が最も誇りに思っているのは、バレンシアガが大きな金融機関になり、今後も存在し続けることです。しかし、私は、彼らが物事を均質化しようとしている間に私のアイデンティティを盗もうとしていたように、まるで私が吸い込まれていたかのように感じ始めました。それだけではもう十分ではありませんでした。

質問:And the conversations, like that one about the store, who would you have them with?

二コラ:I’d rather not say. There wasn’t really any direction. I think with Karl and Miuccia, you can feel that it’s the creative people who have the power. It was around that time that I heard people saying, ‘Your style is so Balenciaga now, it’s no longer Nicolas Ghesquière, it’s Balenciaga’s style.’ It all became so dehumanised. Everything became an asset for the brand, trying to make it ever more corporate – it was all about branding. I don’t have anything against that; actually, the thing that I’m most proud of is that Balenciaga has become a big financial entity and will continue to exist. But I began to feel as though I was being sucked dry, like they wanted to steal my identity while trying to homogenise things. It just wasn’t fulfilling anymore.

質問:あなたの家への野心がバレンシアガの経営と両立しなくなったと初めて感じたのはいつですか?

二コラ:いつもそうでしたが、特に過去23年で、次々と欲求不満になりました。結局私を悩ませたのは、本当にその文化の欠如でした。キャットウォークのために作った最強の作品は、ビジネスマンに無視されました。彼らは、簡単に売れるバイカージャケットにたどり着くために、キャットウォークに表示されていた技術的に習得された作品を経由しなければならないことを忘れていました。自分が行った研究に対する尊敬、関心、または認識がないことに気づいたとき、私は不幸になり始めました。彼らはマーチャントディブルの結果がどのようになるかを気にするだけでした。この加速した欲望は、今日でも最も人気のあるすべての作品が10年前に作成したコレクションからのものであるという事実を無視したことを意味しました。彼らはクラシックになり、そうであり続けるでしょう。キャットウォークはアイデアと製品が非常に豊富でしたが、フォローアップのマーチャンダイジングはありませんでした。ジャケットが1つあれば、商業戦略全体をトリガーできたでしょう。それがやりたかったことですが、すべてはできませんでした。私はキャットウォークのデザインと商品化できる作品を切り替えていた私はマーチャンダイザー氏になった。バレンシアガにはマーチャンダイザーはいませんでした。

質問:Did you never go to the top of the group and ask for the support you needed?

二コラ:Yes, endlessly! But they didn’t understand. More than anything else, you need people who understand fashion. There are people I’ve worked with who have never understood how fashion works. They keep saying they love fashion, yet they’ve never actually grasped that this isn’t yoghurt or a piece of furniture – products in the purest sense of the term. They just don’t understand the process at all, and so now they’re transforming it into something much more reproducible and flat.

質問:グループのトップに行って、必要なサポートを求めたことはありませんか?

二コラ:はい、限りなく!しかし、彼らは理解しませんでした。何よりも、ファッションを理解する人が必要です。私が一緒に仕事をしたことがあり、ファッションの仕組みを理解したことがない人がいます。彼らはファッションが大好きだと言い続けていますが、これがヨーグルトや家具の一部ではないことを実際に理解したことはありません。彼らはプロセスをまったく理解していないだけなので、今では彼らはそれをはるかに再現性のある平らなものに変えています。

質問:What’s the alternative to this?

二コラ:You need to have the right people around you: people who adore the luxury domain. There has to be a vision, but there also has to be a partner, a duo, someone to help you carry it. I haven’t lost hope!

質問:これに代わるものは何ですか?

二コラ:あなたはあなたの周りに適切な人々がいる必要があります:贅沢な領域を崇拝する人々。ビジョンがなければなりませんが、パートナー、デュオ、それを実行するのを助ける誰かがなければなりません。私は希望を失っていません!

質問:At the time when you were starting to feel that frustration, did you talk to any other designers who were in the same situation?

二コラ:Yes. What’s interesting is how my split from Balenciaga has encouraged people to get in touch with me, and they’ve said, Me too, I’m in the same situation. I want to leave too.’ There are others, but my situation at Balenciaga was very particular.

質問:そのフラストレーションを感じ始めた時に、同じ状況にいる他のデザイナーと話をしましたか?

二コラ:はい。興味深いのは、私のバレンシアガからの分離が人々に私と連絡をとるように促した方法であり、彼らは言った、私も、私は同じ状況にいます。私も去りたいです。他にもありますが、バレンシアガでの私の状況は非常に特殊でした。

質問:In spite of the increasingly stifling conditions you felt you were operating in, were you nonetheless scared by the prospect of leaving Balenciaga?

二コラ:I just said to myself, ‘Okay, well you have to leave, you have to cut the cord.’ But I didn’t say anything to anyone, apart from to a few very close people, because, you know, I’ve become pretty good at standing on my own two feet.

質問:あなたが運転していると感じたますます息苦しい状況にもかかわらず、それでもバレンシアガを去る見込みに恐れていましたか?

二コラ:私はただ自分に言った、「さて、あなたは去らなければならない、あなたはコードを切る必要がある」しかし、ごく少数の非常に近い人を除いて、私は誰にも何も言いませんでした。なぜなら、私は自分の2つの足で立つのがかなり上手になったからです。

質問:Once you’d decided enough was enough and you made your intentions clear, was management surprised that you wanted to leave?

二コラ:Yes. I think so, because I’d shown my ambitions for the house. There’d been lots of discussions, of course, and there were clearly some differences, but that sort of decision doesn’t just come out of nowhere. I’d been thinking a lot too. I was having trouble sleeping at one point. [Laughs] But there’s usually something keeping me awake.

質問:十分だと判断し、意図を明確にした後、経営陣が辞めたいと思って驚いたのですか?

二コラ:はい。私はその家への野心を示したので、私はそう思います。もちろん多くの議論があり、明らかにいくつかの違いがありましたが、そのような決定はどこからともなく出てくるわけではありません。私もよく考えていました。ある時点で私は寝苦しかった。[笑い]でも、通常、私を目覚めさせ続ける何かがあります。

質問:After the announcement, did lots of people in the fashion world contact you?

二コラ:I didn’t actually see all the reactions straight away because I was in Japan at the time; one of my best friends had taken me on something of a spiritual trip to observe people who make traditional lacquer and obi belts; it was such a privileged environment with tea ceremonies. On the other side of the world, there was this violent announcement being made. When I got back to Paris I saw the press, and with all the commentary going on I actually learnt things about myself; it was quite beautiful in fact. Generally the reaction had been very positive, even on Twitter there were some very satisfactory things being written. Ultimately, I felt okay in the end because it seemed very dignified. I haven’t expressed myself up until now, but I would like to say thank you to everyone, I really am very grateful.

質問:発表後、ファッション界の多くの人から連絡がありましたか?

二コラ:私が当時日本にいたので、実際にすべての反応をすぐに見たわけではありませんでした。私の親友の1人が、伝統的な漆と帯を作る人々を観察するための霊的な旅に連れて行ってくれました。茶道のある恵まれた環境でした。世界の反対側では、この暴力的な発表が行われていました。私がパリに戻ったとき、私は新聞を見て、そしてすべての解説が続いている間に、私は実際に自分自身についてのことを学びました。実はとても綺麗でした。一般に反応は非常に肯定的でした、さえさえツイッターで書かれているいくつかの非常に満足のいくものがありました。結局、威厳のある感じだったので、結局大丈夫だと感じました。今まで自分を表現したことはありませんが、本当にありがとうございました。本当にありがとうございました。

質問:Did you ever think about making a personal announcement?

二コラ:No, I never wanted to express myself like that. I don’t know how to do that.

質問:個人的な発表をすることを考えたことがありますか?

二コラ:いいえ、そのような自分を表現したくなかった。どうすればいいのかわかりません。

質問:What’s the most exciting thing about this period of time for you?

二コラ:Preparing for the next chapter and having the time to observe what’s going on in the industry. People could have forever associated me with Balenciaga. We saw clearly when the split took place that there was a desire for my name, so I disassociated myself naturally from the house. That could have been a risk. It would have been different if Balenciaga had disassociated itself from me, but people had seen me develop my signature and knew that it might happen. That’s exciting because whatever choice I make, the possibilities are open, and that was confirmed with the freeing of my name from Balenciaga. I’d made so much effort and been such a good obedient kid in associating myself… Now I can imagine a whole new vocabulary. I’m regenerating again, and that’s very exciting because it’s a feeling I haven’t had since I was in my twenties.

質問:あなたにとってこの期間で最も刺激的なことは何ですか?

二コラ:次の章の準備をして、業界で何が起こっているのかを観察する時間がある。人々は私をバレンシアガと永遠に関連付けました。分割が起こったとき、私の名前への欲求があったことをはっきりと見たので、私は自然に家から離れました。それはリスクでした。バレンシアガが私から切り離されていたなら、それは異なっていただろうが、人々は私が私の署名を展開しているのを見て、それが起こるかもしれないと知っていた。私の選択が何であれ、可能性は開かれていて、それはバレンシアガから私の名前を解放することで確認されました。私は自分自身を関連付けることに多くの努力をし、とても従順な子供でした今、私は全く新しい語彙を想像することができます。ふたたび再生していますが、20代の頃には味わえなかった感触でとてもワクワクします。

一見普通のインタビューでよくあることだとは思いますが、黄色でマーカーで引いた文章が問題があり、訴訟問題に発展してしまいました。
バレンシアガがニコラ・ジェスキエールに約10億円(950万ドル)の契約違約金の支払いを求めました。事の結果は二コラ・ジェスキエールがバレンシアガに約9億円(880万ドル)の支払いで合意して法廷での争いが収束しました。

ちなみにニコラ・ジェスキエールは2012年にバレンシアガのデザイナーを退任した後はLouis Vuittonのウィメンズデザイナーに就任し、現在でも活躍をしております。

2-3 【現代】デムナ・ヴァザリアが就任によりストリートデザインが加速

ここからは現代編ということで、2012年以降のバレンシアガについてお話させていただきます。
ニコラ・ジェスキエールが退任した後の話となるとデムナ・ヴェザリアが有名なのですが、実はその前にバレンシアガ初のアジア系デザイナーになった人物がいます。
その方の名前はアレキサンダー・ワン。ファッションが好きな方なら聞いたことがあるかと思いますが、アレキサンダー・ワンはアディダスなどとコラボしている
Alexander Wangの設立者です。

アレキサンダー・ワンがデザイナーに採用されたときはかなり話題にもなったのですが、バレンシアガでは目立った活躍をすることができずに2年という任期で退任してしまいます。
アレキサンダー・ワンが退任後にデザイナーに就任したのが、ヴェトモン(VETEMENTS)の設立者であるデムニ・ヴェザリアです。デムナ・ヴェザリアは2012年~2014年にLouis Vuittonのシニアデザイナーを務めた経歴もあり、超優秀なデザイナーです。

デムナ・ヴェザリアのバレンシアガでの功績はかなりすごいもので、彼がいなければ今ほど人気なブランドには成長できませんでした。
デムナ・ヴェザリアは元々のバレンシアガのスタイルであるラグジュアリー(リュクス)なデザインを一新し、ラグジュアリーストリートブランドとして新たなアイテムを発表しました。
近年はストリートファッションが大ブームとなっていることもあり、大成功を収め、現在の立ち位置まで成長しました。

以上がバレンシアガの歴史になります。
天才バレンシアガが作り上げたブランド、創設者が亡くなり一時は倒産の危機まで迫っていたところ、ニコラ・ジェスキエールの登場により再生、現在のファッションを取り入れたデムニ・ヴェザリアによりラグジュアリーストーリーブランドとして確立。
ブランドとしては波瀾万丈ですが、世界12を争うブランドだったからこそ現代でも人気があるブランドになったのだと私は思います。
現代においてなぜ人気になったのか?次章では人気の秘密について掘り下げてみましょう。

3 人気の秘密はここに在り!デムナ・ヴァザリアが成し遂げた2つの偉業

結論から先にお伝えすると、人気の秘密はストリート化にあります。
昨今ファッションブームの中心はストリートファッションにあります。
例を一つ上げると
supremeというブランドが有名でしょう。
supreme×Louis Vuittonのコラボは8,000人以上が並ぶほど人気で、ストリートファッションの人気の高さが分かります。

デムナ・ヴェザリアはヴェトモンのブランドの設立者兼デザイナーで、ヴェトモンはラグジュアリーストリートブランドの火付け役として有名なブランドでもあります。
最近ではそんな勢いはなくなってしまいましたが

その代わりにバレンシアガの人気が急上昇しており、流行の最先端にいる人達は『ヴェトモンを買うくらいならバレンシアガを買う』と言われております。

さて、少し話を反れてしまいましたが、この章ではこの人気の話について、『ストリートとモードのギャップを埋めたこと』と『スポーツブランドには絶対に実現できなかったデザインを製品化したこと』の2つの偉業を中心にお話させていただきます。

3-1 ストリートとモードのギャップを埋める美的センス

出展:BALENCIAGA

高級ブランドのプレタポルテ(洋服)をイメージしてもらうと、ほとんどの人は高級感が溢れるようなデザインをイメージされるかと思います。
それは長年各ブランドが他のブランドとの差別化だったり、ブランドのイメージを構築するためにデザインしたものなので、仕方ないことです。

しかし最近のバレンシアガをイメージしてもらうとストリートファッションの色が強いアイテムを思い浮かべるかと思います。

通常であればブランド物の洋服はラグジュアリー感があるためストリート系のファッションを混ぜると合わないのがほとんどなのですが、デムナ・ヴェザリアはそのギャップを埋めることに成功しました。
元々ヴェトモンでストリートラグジュアリーファッションを成功させていたデムニ・ヴェザリアにとっては容易なことだったかと思いますが、他のブランドではできない偉業を成し遂げることに成功しました。
同じブランドのプレタポルテで比べると、例えばLouis Vuittonはキム・ジョーンズによりストーリートファッションの色がかなり強くはなりましたが、これはfragment designSupremeとのコラボによりストリートの色が強くなった傾向にあります。
バレンシアガの場合にはコラボなど行うことなく、ブランド自身の力によりストリートラグジュアリーを確立させたので、通常のアイテムがかなりストリートファッションを好む方が好きなデザインが多くなっております。
自身のブランドでストリート色が強くなったのか、それともコラボにより強くなったのかで、元々のブランドイメージは変わります。
個人的には
Louis Vuittonにストリートファッションのイメージはほとんどないので、まだまだギャップは埋まっていないかと考えております。

他のブランドでは最近はDIORのデザイナーにキム・ジョーンズが就任したことによりストリート化が進むかと思うので、90年と同じくラグジュアリーストリートブランドはDIORとバレンシアガの二大ブランドと言われる日が来るかもしれないですね。

3-2 スポーツブランドには絶対にできないシューズを製品化

出典:Instagram

20179月に発売したトリプルSというシューズはスポーツブランドでは確実にまねができないアイテムとしてかなり話題となりました。

このトリプルSはランニングシューズ、バスケットボールシューズ、トラックシューズの3つのソールを合わせたことにより出来上がったシューズとなっており、ソールの重量感が特徴的なモデルです。
スポーツブランドではそれぞれのシューズに特化して作っていることもあり、スポーツブランドでは確実にまねすることはできません。

そしてこのシューズはその靴の見た目からなる重量感からかなり人気なアイテムとなり、バレンシアガと言えばトリプルSというイメージを持っている人もいるくらいです。
トリプルSに着目されがちですが、他にもトラックシューズやトレーナーシューズなどスニーカーの種類は意外と豊富です。(詳細は4章にて)

この二つの偉業によりバレンシアガは超人気ブランドまで成長しました。
上記のトリプルSの画像を見てもとても高級ブランドの靴とは思えませんよね
今後もこのような挑戦的なアイテムが出てくるバレンシアガから目が離せません。

4 バレンシアガと言えばこのアイテム!人気アイテム10

バレンシアガがどのようなブランドでなぜ人気が出たのか大体はお分かりになられたかと思いますので、ここからアイテムについてご紹介させていただきます。
これから購入しようと思っている方はぜひ参考にしてみてください。

4-1 バレンシアガの革命『スニーカー』

出典:Instagram

現在最も手に入れることが難しいアイテムであるスニーカーです。
新品で購入するには入荷してから抽選に当選する必要があるので、豪運が必要になります。
中古ではフリマサイトやオークションサイトでかなり値段が高騰しているため、購入のハードルがかなり高くなっております。

スニーカーの中で特に人気が高いのはトリプルS、次いでトラックとなっております。
実際にどのようなアイテムがあるのか見ていきましょう。

トリプルSシリーズ

出典:Balenciaga

定価:\126,500(上段)\110,000(下段:左)\104,500(下段:右、中)

トラックシリーズ

出典:Balenciaga

定価:\104,500

スピードシリーズ

出典:Balenciaga

定価:\89,100(上段:左、中/下段:左、中)¥94,600(上段:右/下段:右)

どれを見ても特徴的なデザインの靴が多く、ストリートファッションが好きな方は特にビビっと来るものがあるのではないでしょうか。
個人的にはスピードシリーズのデザインがかなり好きです。靴下みたいで可愛いですよね。

流行の最先端に行きたい方はトリプルSシリーズを愛用することで間違いないので、トリプルSシリーズを購入すると良いでしょう。

4-2 性別問わず大人気『ロゴパーカー』

出典:Instagram

秋から春先にかけて活躍するパーカーはバレンシアガの中でも特に人気が高いアイテムです。その中でもロゴマークを前面に押しているアイテムが人気です。
シューズと比べると購入しやすいアイテムが多いのですが、もしも中古で購入したい場合には状態に気を付けるようにしましょう。

アイテムは以下のようなものになります。

ロゴパーカー

出典:Balenciaga

定価:\116,000

出典:Balenciaga

定価:\118,800(上段)¥111,100(下段:右、中)¥102,300(下段:左)

シンプルなアイテムが多く、他の洋服にも合わせやすいデザインとなっております。
女性がオーバーサイズで着用しているところを良く見かけますが、男性が来ても問題はありません。

4-3 スタイリッシュでカッコいい『帽子』

出典:Instagram

バレンシアガの人気シリーズであるキャップシリーズ。最近ではGUCCIなどもロゴキャップを発売しておりますが、実はバレンシアガが火付け役なのです。
また、近年のストリートファッションでキーアイテムとなっているので、ストリート化が進んでいるバレンシアガにとって、必須アイテムともいえます。
現在販売しているアイテムは全5種類なのですべての種類を見ていきましょう。

キャップシリーズ+ニット帽

出典:Balenciaga

定価:¥55,000(上段:左)¥34,100(上段:右)¥45,100(下段)

どれを見てもシンプルで洗練されたデザインとなっております。
キャップを使ったコーディネートは男女ともに人気が高く、一つ持っているだけでコーディネートの幅もかなり広がりますので、何買おうか悩んでいる方はまずはキャップから購入してみることをオススメします。

4-4 シンプルで人気が高い『トラックジャケット』

出典:Instagram

春先のオシャレアイテムとして大活躍するトラックジャケット。
バレンシアガのトラックジャケットはロゴマークがとても分かりやすく配置されており、一目でバレンシアガということを認識させてくれます。

トラックジャケット

出典:Balenciaga

定価:¥244,200(左:下段)¥214,500(左:上段/右)

スポーツをしている人に人気が高いトラックジャケットですが、バレンシアガでは男女共に人気が高いので、春先に着用するアイテムを悩んでいる方はトラックジャケットを購入すると良いでしょう。

4-5 オシャレさんが着こなす『デニムジャケット』

出典:Instagram

オシャレさんが愛用するアイテムとして代表的なデニムジャケット。
2017年にはLouis VuittonSupremeとコラボした際にデニムジャケットを発表し話題となりました。
バレンシアガでもかなり人気が高いアイテムですが、着こなしが難しいためかなりオシャレに精通している人が購入しているイメージが強いです。

デニムジャケット

出典:Balenciaga

定価:¥171,600(左:上段)¥114,400(左:下段)¥178,200(右:上段)¥169,400(右:下段)

世界中のファッショニスタやセレブが愛用しているアイテムで流行の最先端を走りたい方にはオススメなアイテムです。

4-6 新しいロゴがシンプルで使いやすい『ロゴ小物』

出典:Instagram

大人の男性に人気急上昇中のロゴ小物です。
シンプルなデザインで仕事中でも使うことができて、サラリーマンに特に人気が高いです。
小物では片手で持てるサイズのアイテムが人気でミニウォレットが最も人気が高いアイテムです。

ロゴ小物シリーズ

出典:Balenciaga

定価:¥45,100(上段:左、右/下段:左)¥41,800(上段:中)¥60,500(下段:中)¥26,400(下段:右)

昨今、現金を使わずにカードや電子マネーなどを使用するキャッシュレス化が進んでいる影響からコンパクトウォレットを使用する人が年々増えております。
バレンシアガはシンプルにロゴマークだけなので、どんな服装にでも、どんなバッグにでも馴染むため、幅広い層から愛されております。

4-7 未だに現役『THE City

出典:Instagram

2000年代にバレンシアガの代表アイテムとして発表されたThe City
古いイメージもありますが、現代でも愛用している人は多く、ファッションアイテムの一つとして取り入れられております。

The Cityシリーズ

出典:Balenciaga

定価:¥217,800(上段:左)¥144,100(上段:右)¥236,500(下段:左)¥253,000(下段:中、右)

The cityの特徴は大容量入るバッグの大きさにあります。
2000年の発売当初、ファッション雑誌の編集者が愛用しエディターズバッグとも呼ばれ、荷物の多い女性に愛されておりました。今でも多くの女性を魅了しファンを増やし続けております。

5 バレンシアガを愛用している芸能人

人気アイテムがどのようなものなのかお分かりいただけたところで、ここからは愛用している芸能人についてお話させていただきます。
ぜひファッションの参考にしてみてください。

5-1 モデルでありファッションアイコンの『ローラ』さん

出典:ameba ブログ

セレブでありファッションアイコンのローラさんが愛用しているのはバレンシアガのトートバッグです。
ローラさんと言うとミュウミュウのバッグのイメージが強いですが、バレンシアガやサンローラン、セリーヌなども愛用しております。
ちなみにこのバッグは三代目Jsoul brothersの岩田剛典さんが愛用していたことでかなり話題となりました。
価格は
12万円で販売しております。

5-2 AKB48でタレントの『小嶋陽菜』さん

出典:こじはるブログ

ハワイで購入したバレンシアガのロゴキャップ。
2017年に発売のアイテムで帽子のロゴも特別なものを使用しております。
現在はバレンシアガで購入することはできないので、もしも欲しい場合には中古品を探すようにしましょう。
ちなみに、弊社で運営しているショップでは13,513円で販売しております。
もしご興味がありましたら、覗いてみてください。

出典:楽天市場

5-3 三代目Jsoul brothers 『登坂広臣』さん

出典:Instagram

数々のブランド物で話題となる三代目Jsoul brothersの登坂さん。
愛用しているのはスピードシリーズのシューズです。
トリプル
Sシリーズと比べてスマートなスピードシリーズは細身な男性がクールに着こなしたい時に好まれております。

5-4 愛用しているのはLouis Vuittonだけじゃない『ヒカキン』さん

出典:Twitter

人気YouTuberHIKAKIN(ヒカキン)さんと言えばLouis VuittonSupremeのイメージがかなり強いですが、実はバレンシアガやGUCCIも好きで愛用しております。
デザインはラグジュアリーよりもストリーク寄りのファッションを好んでいるようで、今度はDIORも購入されるのではないでしょうか。
愛用しているのはオールオーバー ロゴラインTシャツで¥77,000でバレンシアガの店舗にて販売しております。
Mサイズは残り1点しかないので、購入されたい急いだほうがいいでしょう。(執筆時327日現在)

最後に

今回はバレンシアガについてお伝えさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?

昔はDIORとバレンシアガの2大ブランドと言われていたくらい超有名でセレブに愛されていたバレンシアガ。
一度は倒産の危機になりながらもニコラ・ジェスキエールにより復活を遂げます。
現在はデムナ・ヴェザリアがデザイナーに就任し、更なるストリート化が進んでおりこれからも目が離せません。

実は弊社はブランドアパレルの買取店を運営しているのですが、最近はバレンシアガの人気が高く、高価買取アイテムの一つとして買取強化を行っております。
バレンシア以外にもブランドアパレルの買取も行っておりますので、もしも不要な洋服がありましたら、ぜひ下記よりお問い合わせくださいませ。

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